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緊急被ばく医療について

 緊急時の医療は、救急医療と災害時医療に大きく大別されます。放射線事故の場合においても、救急医療と災害時医療の地域の枠組みと整合性のある体制をとるべきですが、放射線事故という特異な状況のため、通常の緊急時医療に加えて、被ばく医療機関の医師、放射線取扱の専門家、放射線技師などの専門家群と行政・搬送機関の連携・協力が不可欠です。日本においては、1999年の茨城県東海村のJCO事故の教訓を踏まえて,2000年6月に「原子力災害対策特別措置法(原災法)」が施行され、事故時の初動対応の迅速化、国と都道府県および市町村の連携確保、防災対策の強化・充実が図られています。具体的には、原子力事業者への異常事態に至る可能性のある事象の通報の義務付け(原災法10条通報、例:1991年の美浜原発2号機の事故など)、原子力緊急事態(原災法15条通報、例:JCO事故)における内閣総理大臣を長とする国の「原子力災害対策本部」の設置などです。その実働性を高めるため、国・自治体・住民も参加した防災訓練が毎年各地域で行われています。もし放射線事故災害が発生すれば、例えば1987年のブラジル・ゴイアニアの被ばく事故の時のように、10万人を超える住民のスクリーニングが必要となることも想定されます。各地域で被ばく医療機関だけでなく放射線技師会にも協力をえて、原子力防災訓練への参加が呼び掛けられています。

  現在の緊急被ばく医療体制では、原子力防災機能の中心であるオフサイトセンター設置とともに、被ばく医療機関側に対しては、救急医療に準じて初期・2次・3次の被ばく医療機関の指定がなされています(図1)。また国の3次被ばく医療機関である千葉の放射線医学研究所では、様々な緊急被ばく医療に対応すべく、物理学的線量評価ネットワーク会議やバイオドジメトリーとしての染色体ネットワーク会議などの緊急被ばく医療ネットワークを構築しています。さらに原子力安全技術センターを中心に、SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測)ネットワークシステムが整備されており、原子力施設から大量の放射性物質が放出するおそれがあるという緊急事態では、環境における放射性物質の大気中濃度などのモニタリングデータと、放出源情報・気象条件及び地形データをもとに、数時間後の被ばく状況を迅速に予測することが可能となっています(図2)。さらに、原子力関連施設の立地県・隣接県(全国19都道府県)では、地域の緊急被ばく医療ネットワークが行政・被ばく医療機関・搬送機関などが中心となってつくられています。

SPEEDIネットワークシステム
図1.緊急被ばく医療体制概略図

緊急被ばく医療体制概略図
図2.SPEEDIネットワークシステム

 九州地域の2次被ばく医療機関である長崎大学病院では、様々な放射線事故や事件による被ばく患者さんの紹介も受けております。特に、アイソトープセンターの松田教授の協力のもと、ホールボディーカウンターによる被ばく核種や被ばく量の推定を行ったり、再現モデルが可能な被ばくの場合は、シミュレーションによる線量推定を行ったりもしています。我々はチェルノブイリ周辺地域より来日された医療関係者や学生のホールボディーカウンター検査も長年行っておりますが、現在でもCs-137による内部被ばくを、健康に影響ないレベルですが、半数以上に認めます。
大学病院として重症の緊急被ばく医療患者受け入れることも想定し、先端医療な被ばく医療領域の臨床研究も進めています。造血幹細胞移植は、原爆後障害医療施設の内科部門(血液内科)が、1990年より白血病や成人T細胞性白血病などを中心に年間20例近い症例を施行してきた実績があり、50%以上の方で長期生存が得られています。本治療は高線量被ばくの患者さんの治療に応用することができます。放射線皮膚潰瘍は、非常に治療に難渋する疾患ですが、当院の形成外科では、秋田講師・平野教授中心に、重症放射線皮膚潰瘍に対する自家脂肪幹細胞移植治療という世界初の臨床研究を行っており、良好な成績が得られています。これらの活動は長崎大学におけるWHO研究協力センターの一環として展開されており、今年2011年2月16日~18日、長崎大学においてWHO-REMPAN(緊急被ばく医療ネットワーク)の国際会議が行われました。
原爆被爆者やチェルノブイリの被災者においては、PTSD(心的外傷後ストレス障害)をふくめ、心のケアが重要な課題であることが明らかにされています。そこで心のケアに精通している精神科医、臨床心理士を中心に、長崎県緊急被ばく医療ネットワーク検討会では、メンタルヘルス対策を進めています。また実際に国内・海外の被爆者に対し、内科医による被ばく者健康相談加えて、心のケアの調査と健康相談も行っております。放射線取扱主任者の方の中には、医療被ばくの相談にのられている方もおられると思いますが、緊急被ばく医療の場合、災害と放射線という2つの要素が加わり、メンタルヘルスケアは重要な課題です。

 原子力発電所等での被ばく事故や核テロを含めた原子力災害で実際に患者さんがそれぞれの病院を受診することは、稀な事象だと考えられます。しかし、いざという場合に備え各地域においても、関係各機関と連携をはかって地域の救急医療・災害医療体制にあった緊急被ばく医療体制を構築することは大切です。今回ご紹介してきました緊急被ばく医療ネットワークには、様々なネットワークが存在しています。加えて放射線事故の場合、医療用や研究用に用いられている核種以外の核種による内部被ばくの可能性もあるため、それらの同定や線量測定の教育が重要となってきます。原子力安全研究協会と文部科学省の主催の緊急被ばく医療基礎講座IIというセミナーにおいて、内部被ばくの核種や線量を推定する演習が行われています。毎年全国4か所で行われておりますので、興味のある方は右記のホームページをご参照ください(緊急被ばく医療情報ネットワークhttp://www.remnet.jp/)。さらに、全国の各地域の被ばく医療機関において、緊急被ばく医療時の基本的な考え方や処置を学ぶための初級講座や基礎講座がおこなわれています(写真1,2 長崎大学病院でおこなわれたセミナーでの演習の様子)。我々は、このような講座や原子力防災訓練などを通じて、関係者同士の顔の見えるネットワークを構築しようとしています。さらに広島大学・放射線医学総合研究所・原子力安全研究協会と協力し、西日本や九州ブロックの緊急被ばく医療における体制整備だけでなく、アジアへの展開を視野に被ばく医療に病院全体として取り組んで行こうとしているところです。そのような中、3月11日の東日本大震災によりIAEAのレベル7の福島第1原発原子力災害が発生しました。現在、被災地福島県への支援に大学全体で取り組んでいます。実際の原子力災害が起こってみると、まだまだ我々の研究が不足している面や、原子力防災への準備が足らない部分も痛感させられます。少しでも災害にあわれている方々の力となって、復興の一助に向けて、微力ですが力を尽くしたいと思います。

救命救急センターでの除染訓練

写真1.救命救急センターでの除染訓練

放射性物質汚染患者搬送訓練

写真2.放射性物質汚染患者搬送訓練

※「21世紀のヒバクシャ」長崎新聞新書より抜粋・転載

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