海を渡った被爆者への支援活動

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 在外被爆者はこれまで、十分な医療支援が受けられなかったことに加え、長崎・広島の被爆者と同様に高齢化による癌やその他の疾患の発症率の増加をはじめとする様々な健康問題が出てきています。そこで疾患の早期発見・予防をめざして、在外被爆者に対する支援事業を、厚生労働省の在外被爆者医療支援事業の一環として、平成16年度より長崎県が事業主体となりはじめました。長崎大学と原爆病院も協力機関として参加しております。また南米被爆者健診をより充実したものにするため、平成16年度より長崎大学も参加いたしました。韓国でも南米でも、その国の医療システム上、健診による病気の早期発見・早期治療、さらには予防や患者教育という点には、あまり重点がおかれていない為、いずれの国においても、日本からの健診団の健康相談は極めて好評でした。また現地医療機関も健診会場の提供だけでなく、早期に紹介が必要な場合の対応などを中心に現地医師が一緒に健診活動に参加してもらっており、回数を重ねるほどより良い健診活動が可能となってきています。長崎県・市、さらに大韓赤十字社福祉事業所のスタッフ、南米被爆者協会の皆さんの事務方としての地道な努力が、健診が成功に導いている大きな要因の一つです。長崎大学としては、長崎・広島の在外ヒバクシャに対する支援は、以前の支援事業のときは参画しておりませんでしたが、国際ヒバクシャ医療センター設立を機に、原研内科にも協力をいただいて、下記のような健診事業を展開しています。

海を渡った被爆者~在外被爆者とは~

 皆さんは多くの原爆被爆者が海外にも在住されていることをご存知でしょうか。その数は、世界30カ国で約4300人といわれています。第二次世界大戦当時、広島・長崎にいて被爆し戦後帰国した韓国の方や、戦後北米や南米などへ海外移住した日系人の方が大半を占めています。今日、政府は、海外に居住する被爆者にも国籍を問わず被爆者健康手帳を交付していますが、海外においては、被爆者医療を含む被ばく医療全般に対する医療機関の理解度は極めて低く、日本と比較すると医療レベルも低い所も多く、全く支援が受けられておりませんでした。そこで在外被爆者に対する日本からの支援の手が、民間レベルでも行政レベルでも差しのべられてきています。長崎大学、長崎原爆病院、長崎・ヒバクシャ国際医療協力会(NASHIM)は、長崎県・長崎市・大韓赤十字社・厚生労働省などと協力して、在外被爆者に対する支援事業を積極的に推進しています。本章では、我々の行っている韓国や南米での原爆被爆者検診・健康相談事業及び在外被爆者の渡日治療を中心に、在外被爆者支援の現況をご紹介いたしましょう。

在外被爆者支援の歴史的背景

 在外被爆者は、厚生労働省のデータによれば2008年3月現在、韓国に約2900名、北米に約1000名、南米に約180名、世界30数カ国に総計約4300名余りが、在住しています。在外被爆者検診は、1977年より隔年で、広島県・広島県医師会が中心となって北米検診を実施しており、2009年に第17回北米検診が行われました。南米は、1986年より隔年で、広島県・広島医師会に長崎からの医師団も協力して検診を実施しており、2010年秋に第13回検診が行われました。韓国については、2004年より2010年11月までに長崎県・長崎大学・長崎原爆病院が中心となり計14回の在韓被爆者健康相談を実施しました。

 南米・北米を中心とした日系人の在外被爆者については、日本が貧しかった時代の戦前・戦後の移民政策を理解する必要があります。戦争被害が特にひどかった沖縄、広島、長崎などでは人口の割合に比して移民が多く、被爆者も移民として南米・北米へ渡られた方々が数多くいました。また戦前の移民の方々で、日本帰国中に被爆されたケースもあります。さらに戦後日本が占領されていた時代に、米国やカナダの方と結婚されて渡米された被爆者もいます。一方、台湾は日清戦争後の1895年、韓国は1910年に日本に併合されたことにより、戦前に広島や長崎に移り住んで被爆したり、徴兵・徴用などで来日して被爆した韓国・台湾の方々がおられます。韓国の陜川(ハプチョン)という山里からは、広島へ村全体で移住され、現在でも多くの被爆者が陜川に戻って住んでいます。韓国で唯一の原爆老人ホームも陜川にあり、陜川は韓国の広島と呼ばれています。原爆が投下された1945年当時の韓国人の被爆者の正確な数は定かではありませんが、2~3万人余りから、広島・長崎両市合わせて7~10万人に上るとする記録もあります。

 戦後の被爆者支援事業は、初期は国内の日本人が中心で、在外被爆者への支援は行われていませんでした。1970年代より広島の民間医療機関が中心となって少しずつ継続されていた在外被爆者に対する支援に加え、1981年の日韓両国政府合意に基づき、1986年までの五年間にわたり入院検査と一部治療が、韓国人被爆者349名(広島226人、長崎123人)を対象に、公的に施行されました。その後も、広島県の河村病院や、長崎県の友愛病院などの民間病院で渡日治療が継続されています。また1991年と1993年に韓国の被爆者医療支援として、日本政府より総計40億円の拠出がなされました。北米・南米の在外被爆者に対する里帰り治療については、長崎・広島の原爆病院が中心となって2002年まで行っていました。2003年より、行政的な支援を加えた在外被爆者全体を対象とする本格的渡日治療支援事業がスタートしました。さらに2004年よりはじめて本格的に韓国において、在韓被爆者に対する健康相談事業が始まり、毎年二回行われています。

韓国における被爆者健康相談

 長崎県、長崎大学、長崎原爆病院、大韓赤十字社が中心となって現在行っている在韓被爆者健康相談事業は、2004年~2010年にかけて韓国内11か所(陜川・太田・平澤・ソウル・大邱・釜山・馬山・光州・済州島・江原道)で、年二回健康相談事業を行い、2010年5月で13回目となりました。これまで韓国内を二回巡回し、延べ2937名の在韓被爆者に健康相談を行いました。3年に1回の割合で、希望する方は健康相談を受けることができることになります。

 健康相談の1~3ヶ月前に韓国国内の協定病院にて、血液検査、尿検査、便潜血反応、胸部X線、腹部エコー、胃内視鏡(または上部消化管透視)、子宮頸がん検診、マンモグラフィーによる乳がん検診、骨粗鬆症の検査などを行います。それらの結果を基に、健康相談を行います。日本からは、長崎大学病院・長崎原爆病院・放射線影響研究所より5~8名の医師が参加し、長崎県・長崎市より行政相談可能なスタッフ2~3名、健康体操担当の保健師1名が参加しています。また心の健康相談も行っており、長崎大学の精神科より医師と臨床心理士が参加しています。韓国側のスタッフも、協定病院の韓国人医師、大韓赤十字社のスタッフ、通訳、ボランティアの方々など30名以上が参加しています。

 相談当日は、受付が済むと、はじめに内科医が患者さんの医学的な問題点、希望する支援内容などをリストアップし、健康相談を行います(図3‐1)。困難な問題点を抱える患者さんの場合は、相談が一時間あまりに及ぶこともあるため一日の相談人数は最大80名程度です。3分の1位の受診者は精査・治療が必要と判断され、英文紹介状を協力病院の韓国医師へ書いて対応を依頼しています。腰痛や膝痛など症状を訴える方も多く、日本や韓国の整形外科医による相談や理学療法士による指導があります。また保健師による健康(腰痛)体操などのプログラムを用意しています。渡日治療や、原爆症認定などの行政相談の希望がある場合は、長崎県・市の被爆者援護課職員と大韓赤十字社職員がその相談にあたります。心の健康相談が必要な方には、長崎大学と韓国キョンヒ大学の精神科医もしくは臨床心理士が、相談にあたっています。

 参加された被爆者の平均年齢は地域によって違いますが、68歳から73歳で、男女比はほぼ1対1です。第1回から第12回までのまとめによれば、事前検診の参加者の合計は3375名で、そのうち81%の方々が我々の行っている健康相談を受診されました。検診の検査結果はすでに受け取られているのにもかかわらず、片道数時間かかっても相談を受けに来られる方々が沢山おられ、韓国の被爆者の方々は健康相談を心待ちにされていると感じられました。大韓赤十字社が行ったアンケートによれば、受診者の被爆者健康相談への満足度は、第三回(ソウル)64.55% → 第四回(テグ)81.0% → 第五回(陜川)88.4% → 第六回(釜山)93.0% → 第七回(馬山)91.4% → 第八回(光州等)96.7% → 第九回(ソウル)95.9%と第五回以降は満足度が80%を超えており、最近の相談においては、常に満足度九五%前後です。また被爆による健康不安の解消に、健康相談が役立ったかという質問項目も、90%前後の受診者が役立ったと答えています。

 2005年と2008年のソウル会場における健康相談の診断結果について、悪性腫瘍について比較してみました。2005年には、延べ12(4.0%)の悪性腫瘍が診断されました。一方、2008年には延べ26(9.5%)の悪性腫瘍が診断されました。データベースがなく正確な比較はできませんが、悪性腫瘍により亡くなられた方を差し引くと、少なくとも新たに15以上(5.5%以上)の悪性腫瘍が2008年の検診を含め、この三年間で発見された可能性が考えられます。日本のがん検診の癌発見率が0.84%であり、日本のがんの65~74歳の罹患率は年間1.4%程度であることを参考にすると、科学的には一概に比較することはできませんが、韓国における被爆者検診と健康相談は、疾患の早期発見や患者さんの病状認識の向上にも寄与しているのではないかと思われました。

原爆被災とこころの健康

 韓国の被爆者は日本の被爆者以上に様々な偏見や差別を受け、朝鮮戦争の苦しい経験も加わっていることより、こころの健康の重要性が従前より指摘されていました。詳細は別章にゆずりますが、健康相談の時にGHQ-12という標準的な心の健康状態をみる質問項目を加えています。その結果、ソウルと大邱の被爆者373人においてGHQ-12の高スコアを50.5%に認めました。原爆被災に伴う心的ストレスPTSDの高リスク群は32.7%で見られました。これとは対照的に、長崎大学の研究者が、被爆後50年の時点で長崎の被爆者3526人を対象に行った調査で認められたGHQ-12高リスク群は8.4%です。長崎の被爆者の調査では、近距離被爆、急性被ばく症状の出現、近親者の死亡などの被爆体験は、社会・生活条件に加えて、心の健康状態に寄与していました。韓国の被爆者ではまだ解析中ですが、GHQ-12とPTSDのスコアは相関しており、心の健康に被爆体験は重要な要素であると考えられました。一方、長崎の調査では、男女差による影響はありませんでしたが、韓国では女性にGHQ-12の高得点者が多く、韓国被爆者女性のおかれている社会的環境が男性よりもストレスの多いものである可能性が疑われました。

渡日治療

 2003年4月から2010年9月までの7年半で、長崎大学病院で入院治療を受けた在外被爆者は再入院を含めると延べ162名に上ります。ほぼ同数の患者を長崎原爆病院、長崎市民病院、長崎市立成人病センターの三病院でも受け入れています。渡日治療は、在外被爆者にとって本国で困難な高度治療を日本で提供することが目的の一つです。また高齢者の被爆者も多いことから、より体に負担の少ない、やさしい治療、例えば癌に対する内視鏡手術などを受けられる被爆者が増えてきています。

 長崎大学病院で渡日治療された方々の悪性腫瘍の罹患率は約35~40%で、良性疾患を含め手術治療を受けられた患者は、全体の30%以上になります。被爆地は、35%が長崎で、65%は広島です。

 渡日治療は、遠隔地の外国という環境で、家族とは離れて入院治療をする不安があります。また外国人の患者さんの場合、言葉の問題で医療者とのコミュニケーションが困難な場合があります。日本人でも長く海外で生活していると環境の違いに戸惑うことがしばしばあります。韓国の被爆者の場合、日本語が話せない方も多く、たとえ流暢に日本語をお話しできる患者さんであっても、病気の説明の理解はたいへんだと思います。言葉が通じない患者さんの場合、手術後の回復期や、通訳さんのいない夜間や土日祭日は、意思疎通の問題で不安定になりがちで、よりきめ細かいケアが必要とされます。

 外国からの渡日治療では、患者さん自身の医療情報をはじめとして、居住地域の医療状況など、様々な情報が不足になりがちです。服用している薬が絶対飲み忘れてはいけない重要なものであっても、日本にはない現地メーカーの薬の場合すぐに調べられないこともありえます。病状が厳しい場合は苦慮することが多いのですが、患者さんが病気と前向きに戦いたいというお気持ちであったとしても、無事帰国してもらうことを考慮して治療法の選択を行わなければなりません。また退院時に癌の痛みを和らげる麻薬の処方が必要な患者さんでは、出国・入国に際し、所定の手続きをあらかじめとっておかないと麻薬不法所持でトラブルに巻き込まれることになるおそれがあります。このように渡日治療につきものの、様々な困難さにもかかわらず、主治医や看護部、病院スタッフのサポートで、同室の日本の患者さんや担当の看護師さんとも、良い意味の国際交流ができているようです。在外被爆者の方々にとって、渡日治療は大きな希望となっており、海外で医療を受けるというたいへんさにもかかわらず、今日でも数多くの方々が治療を希望されています。

 渡日治療は通常の日常診療にはない様々な医療的・社会的障壁があり、それらを克服しつつ治療を行うことになります。長崎大学病院では、我々が属している被ばく医療を専門とする総合的な臨床医療部門(国際ヒバクシャ医療センター)を立ち上げたことで、渡日治療と、在外被爆者健康相談事業、被ばく医療研修事業などの有機的な補完関係が可能となりました。渡日治療に取り組んでいる他の病院も様々な工夫をして渡日治療にあっていることと思われます。

今後の課題

 在外被爆者に対する検診や健康相談による支援のあり方は、高齢化がさらに進み、認知症をはじめとする老齢疾患が増加することにより、医療や行政対応といったことに加えて、介護や地域のより複雑化した問題が重要となってくると考えらます。すなわち疾患構成や医療・社会状況の変化に応じた、健康相談内容の深化が必要とされます。我々は、現地医療機関、大学、行政機関、患者団体などと、健康相談時の限られた協力だけではなく、NASHIMなどを通じ、より緊密な被ばく医療ネットワークの構築をめざしていますが、そのような多面的活動が今後いっそう重要になってくると思われます。

 最後に海外における被爆者支援事業は、我々医療関係者だけでなく、行政・被爆者団体・各国大使館・通訳・ボランティア・韓国では大韓赤十字社スタッフなどの方々の尽力があって、はじめて成立していることを強調して、関係者の皆さまに感謝申し上げるとともに、これらの活動が今後も海外の被爆者の方々の心身の健康に少しでも役立ってゆくことを祈念したいと思います。

21世紀の被爆者表紙

※「21世紀のヒバクシャ」長崎新聞新書より抜粋・転載

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